シロちゃん

掟知らず

私の家の周辺は元々が畑地だったので、
家が建ってない空き地のほとんどが借り畑になっています、
野良猫達は畑に出される生ゴミ、残飯でお腹を満たしています。
冬になって畑が雪に覆われると、喰いはぐれた猫達が
テオ家玄関食堂の常連に混ざって、お余りをもらいに来ます。
野良猫達の食事のとりかたには、ちゃんとルールがあります
まず最初が子猫達、それから母猫、次がボス猫トラじい、そして
残りをよそ者がおずおずと食べます。
ところが、そんな野良猫社会の掟をまったく知らない新参者が
珍入してきました、それがシロ、
元飼い猫だったのでしょう、首のまわりに小さい首輪のあとが
くっきりくい込んでいました、捨てられて、残飯を漁ることは知らない
餌を求めてさ迷ううちにテオんちの玄関にたどりついたのでしょう、
序列も、礼儀も知らずにただまっしぐらにお皿に突っ込んで
トラじいにはり倒されていました。

それでも粘る
トラじいが若かった頃、よそ者の侵入は許さないで睨みをきかせていたので、うちの周りは平和でした、でもボス猫の老いが進むと
とたんにどこからともなく、若い猫が割り込むようになって、
それが、生まれながらの野良猫だったり、複数の猫仲間と育ったのであれば、それなりに礼儀もわきまえているのです、でも、シロは違いました、徹底してトラに逆らい、警告を無視するのです。
あまりのずうずうしさと、私のトラじい贔屓から、最初はトラに
加勢して、私もシロを追い払おうとしました、ところが、
そんな私を威嚇しながら退却する姿の、あまりの凄惨なのに
ショックを受けました、ぴったり後ろに耳を伏せて、脅えきった猫というものを、始めて見たのでした、首輪の痕の細さから想像するに、飼われていた頃は、どんなにか愛らしかったことでしょう、
それが、こんなにも哀れな姿になるなんて、家の中でふくふくと
幸せ一杯に育っているゼロと思い合わせるまでもなく、この子の
面倒も見てやらなくてはと、気持ちが動いてきました、
シロの粘り勝ちです。

取らせてもらいました

なぐなぐなぐなぐ　オワウワウワウ
（女子供が先だと言ってるだろうが）
わふー　わふー　があおん
（飯だ飯だ、なんでこのじいさんは威張るんだ？）
去年の今頃、玄関では毎日トラじいとシロが、言い争いをしていました。
能ある猫は爪を隠す？トラじいは堂々とした体格、威厳で脅すだけ、
傷つけあうことは、なかったのですが、シロは余所の縄張りで他の猫と
大喧嘩、顔半分が引き裂かれて、膿みはじめました、その顔で人間を
警戒して威嚇するので、ますます凄惨な様子、もう放っておけません、
捕獲して病院に連れていき、去勢手術と予防接種、傷の手当を
してもらいました。
仮に迷い猫で飼い主が現れたとしても、悲惨な様子を
写真に撮っておいたので、了承してもらうことにする。
無理矢理捕獲したことで、私を恨むとおもいきや、病院に迎えに行くと
シロは私を保護者とみなしたのでしょう、一生懸命擦り寄って来て
驚かされました、これがあの灰色の小鬼だった子！
去勢手術の効果で、トラじいの態度も寛容になり、玄関の仲間として
受け入れられたようで、寝場所の箱の中で、杉ちゃん、みそにぎと
かたまって眠ります、傷も治ってふっくらと太り、近所の人気者
になったのでした。

がぁおん
「あらまあ、犬じゃないのね」
小雨のバス停で私の傘の足元にちょこんと座って、いるシロちゃんを見て
通りすがりの人がぷっと吹き出し笑いをします。
ゴミだし、回覧板、バスで用事、何処へ行くにも、ついてきて足元を
８の字にくぐってすりすりするので、何度も足をふんでしまいました、
こっちが転びそうになったこともしょっちゅう、そんな私たちの姿は
笑いをさそっていました、バスの中でバッグからブラシをとりだして、
足についた猫毛を取り除く私に「猫でも見送りするんですね、
まあ、野良猫ですかころころと良く太って、子犬かと思った」
話しかけられて顔見知りになったバス仲間もいたり。
シロちゃんは、私がバスに乗り込むのを見届けると、道路を横断して
うちの玄関へと帰っていくのですが、車が危険なので、できるだけ
見つからないようにと思っても、「がぁおん！」嬉しそうについてきました
遅れがちなバスを待つのも、シロに話しかけていると苦にならなかったっけ
喧嘩で声がつぶれたのか、シロちゃんの返事はいつも「がぁおん」でした。

椅子座布団
シロは手先が器用で、ドア、引き戸、網戸、開けるのが得意でした
普通野良猫は家に侵入すると、まっしぐらに台所の食べ物をめがけますが
シロはベッドや座布団に座り込みます、幸せな飼い猫だったことを
思いだし、今一度家猫の座を取り戻したかったに違いありません、
何度も椅子座布団に座り込むシロを辛い気持ちで外に追い出していました、
そして、夏、２日ほど姿を見せなかった後、虫の息で庭に来たのです。
国内最高気温を記録した猛暑の日でした、木陰に横たわっていても
人の気配がすると、這いながら出て来ようとします、
家の中から椅子座布団を持ってきて、そこに寝かせて話しかけると
首をもたげて、ひと声「あうーーーん」返事したのが最後でした。
首輪の跡がようやく消えかかって、喧嘩傷もなくなって、
福々してきたところだったのに。車にはねられたようでした。

保健所に電話して引き取りに来てくださったおじさんが
シロを抱き上げて、「野良猫なのに重いね、たくさん食べさせて
もらっていたんだ」と言って、座布団ごとそっと箱に入れて下さった
優しく、丁寧な取り扱いに、慰められました。
それにしても、哀れなシロの生涯でした。